パデルノの丘で採取される石の主成分は、バリウムのもっとも重要な原料の「重晶石」(硫酸バリウムを主成分とする鉱石)である。ふつうの石の2倍ほどの比重(比重4・5)をもつじつに重い結晶で、それゆえに重晶石と呼ばれている。重晶石は、胃のレントゲン検査のときに飲まされるあの「バリウム」(主成分は硫酸バリウムの微粒子)の原料である。意外に日常生活に身近な鉱石なのである。また、地下の油田に向けて石油採掘の井戸を掘るときに、ドリルの先端に重晶石の微粉末の泥水を流し込む岩盤切削の際の潤滑剤として使われている。石油採掘産業は、重晶石がもっとも多量に使われている市場であるくらいだ。石油漬けの現代文明を支えているキーマテリアルでもあることは、意外に知られていない。大きな比重と結晶の緻密さ、化学的な安定性が高くて無害であり、加えて価格の安さなどが多量に使われる理由である。ともあれ、そのパデルノの丘の石を、光る「ボローニア石」に変えるには、秘密の処方があった。もちろん、錬金術師であったカッシヤーロロ自身は、その処方を書き残してはいない。その処方はボローニア大学の哲学の教授フォルチュニウスーリチェタスによって1640年に書かれた「燐光石、あるいはボローニア石について」で明らかにされている。その処方をご紹介しよう。よく光る「ボローニア石」にするには、当然であるが、まずよい鉱石を選ばねばならない。ぴかぴかしていて、すき通ったような純度の高い鉱石を選ぶことが肝要である。「ボローニア石」に変える方法は二つある。その一つは、鉱石を細かな粉にしてから増蝸に入れて強熱する方法。二つ目は最初に鉱石を細かな粉にしてから、増蝸に入れて強熱する。ここまでは第一の方法と同じだが、さらに焼き上がって固まったものを粉砕し、その粉に水と卵の白身を混ぜて平たいケーキ状にする。乾かしたあとで、高炉のなかで石炭とそのケーキを交互に置き、「ふいご」で空気を送り込んで4〜5時間高温で加熱し、焼き固める。石炭とケーキを交互に置くというノウハウが重要である。このようにすると、炉内の温度とガス雰囲気が均等になり、反応が効率よく行なわれる。炉が冷えてからケーキを取りだす。もしも仮焼が不十分で焼き固まっていなかったら、この操作をくりかえす。しばしば3回行なうとよい。仮焼とは加熱することにより揮発性成分をとばして焼き上げ、酸化物や灰にする化学的操作である。このように処理したボローニア石は、明るいところに置いておいたあとに、暗いところに置くと「燃える石炭のように光る」ようになる。ボローニア石については、科学的で系統的な実験が多数行なわれた。カキ殼(炭酸カルシウム)や硫黄、あるいはほかの化合物を加えて焼成し、化学的安定性や発光特性の改良なども行なわれた。よく光るためには、鉄や重金属元素が混入しないように焼かねばならない、という記録も残っている。現在でも、鉄などの遷移金属元素は、発光を阻害する元素として、原料成分中から徹底的に少なくする操作が行なわれているが、それは蛍光体製造の基本中の基本とされている。今日では、ボローニア石は、石炭や木炭が燃焼するために酸素が少なくなった炉のなかで、重晶石に含まれる「硫酸バリウム」が還元(酸素をもつ物質から酸素を奪うこと)されて「硫化バリウム」になり、不純物として含まれる金属元素が発光中心となった、一種の超残光性の蛍光体であると見なされている。