会社が倒産した時、私は、すでに兼業「大家さん」でした。余裕があるところまでは達していませんでしたが、失業したままでも何とか生活していける状態でした。私が、兼業「大家さん」を始めたきっかけは、人事異動でした。バブルがピークに差しかかった昭和63年(1988年)頃、ご多分にもれず、大倉商事も不動産事業に進出しました。私は、業務命令により、飼料畜産部から建設不動産部へ異動。その理由は、英語力の不足と、のんびりとした私の性格、行動のリズムにあったと思います。不動産か、俺に合っているかもな」と、私はそう思い、やる気になっていましたが、配属されたのは、本流の不動産業ではなく、建設資材などを取り扱うセクション私は、不動産を扱う隣の課に異動するため、ひとつの企画を提出しました。「競売不動産への参入」です。上司である不動産部長の回答は「ノー」。理由は、前例がないというものです。「それじゃ、私が自分でやってみます」売り言葉に買い言葉。私は、引っ込みがつかなくなり、苦労して資金を貯め、競売に臨みました。それが、不動産を最初に買ったキッカケです。紆余曲折はありましたが、その問の経過をまとめ、再度企画書を提出しました。しかし、それでも答えは「ノー」。理由は、1件くらいの実績では「前例にはならない」とのことでした。
[参考サイト]
サブリースについて
http://www.jpmc.jp/
アパート経営の株式会社MDI
http://www.mdi.co.jp/land_use/apt_management/
賃貸経営について
http://www.mdi.co.jp/