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スーパーモデル誕生前夜という時期

80年代後半のモデル事情はまさに百花紛乱でした。俗にいうスーパーモデル誕生前夜という時期です。クレア、アンヌ、マルペッサ、ソニア、ブリーニヤ、ヤスミン、ゲイル、ヘルガ…。こう書き並べているだけで当時のバックステージが思い浮かんでくるようです。あの頃は「ファッション通信」の取材のかたわらで、いつも楽屋裏でモデル達にチョコレートや薔薇の花を配りまくっていましたから。何よりも報道カメラマンとモデル達との距離感が近かった時代です。ステージに登場するトップモデルをイタリア人フォトグラファーのボス的存在であるグラッチアーノ・フェラーリがメガホンで呼び止めるんです。「マルペッサー」、「クレアー」ってね。それで彼女達は立ち止まって写真が撮りやすいようにポーズをする、という具合。90年代に活躍したスーパーモデル達は報道カメラマンなんて卵にもかけないという態度。彼女達にとって写真家というのはピーター・リンドバーグやスティーヴン・マイゼル、マリオ・テスティーノといったトップフォトグラファーなわけだから。そういった意味で、この頃はいい時代だったんです。そんな80年代のトップモデル達のなかで突出した存在が貴族の血を引くイネス・デーラーフレサンジュでした。彼女は80年代半ばにシャネルの主任デザイナーに就任したカール・ラガーフェルドからの熱いラブコールを受けて、シャネルの専属マヌカンとして契約するんです。いわばオートクチュール全盛期に常識とされたハウスマヌカンのシステムを蘇らせるというのが、カールの意図でした。イネスというモデルには確かにその任務を全うできる資質が備わっていましたから。まずステージでの表現力の豊かさ。ノンシャランに、ノーブルに、エレガントにまさに変幻自在にウォーキングするイネスの姿は、ある意味でココ・シャネル自身のイメージをそのまま体現していました。イネスとシャネルは同じしし座の生まれでもあったんです。コレクションのステージはもとより広告ビジュアルからイベントまで、まさにカール・ラガーフェルドが什掛けるシャネル再興というシナリオにとって欠かせないヒロインこそがイネスという存在だったわけです。