遠くから音楽が聴こえている。違うフロアからだ。電子の音色だ。どうしてこんな古ぼけたビルでテクノがなり響く?まあ、いい。そんなことより私がしなければならないことは、右手に握られたナイフが物語っている。このナイフを男の首筋に突き刺すのだ。私は返り血を浴びて、そこに立ち尽くし、やがて警察に捕まる。そして取り調べでこんなことを言う。これが世界一悪いことですか?裁判でも同じことを言う。これが世界一悪いことですか?いいや、違うよ。いいや、違うよ。いいや、違うよ。テクノが教えてくれた彼の居場所は地下室だった。秘密の扉を開けると、そこには散乱したキャバレーの残骸が広がっていた。テーブルはみんなひっくり返っていた。赤紫の椅子たちがフロアの片隅に山積みになっていた。カウンターの席に彼の後ろ姿があった。音楽はカウンターの上に設置されたオーディオーセットから嗚っている。ナイフを持ってそっと彼に近づいた。「この曲、知っている?」「知らない」「アンダー・ワールドのレズ。さっき、世界で一番美しいことを考えようと思ったんだ。そしたら浮かんだのがこの曲だ」「私を抱いている途中で音楽のこと考えていたの?」「そうだ」「私の身体は音楽に負けたんだね?」「まあな。悪い」「いや、いいと思う」私はカウンターの彼の隣の席に座った。右手のハンティングーナイフを彼に握らせた。「今、あなたを殺そうと後ろに立っていたの。今頃、あなたは私に殺されていたかもしれない。可能性の話。あなたがアンダー・ワールドのこの曲が好きでなかったら、あなたは確かに死んでいたの。美しい曲に感謝しなきゃいけないと私は思う」「なあ?」「何?」「俺たちここで毎週、会わない?この壊れたビルでさ。それでいっぱい性行為しようよ。名前も知らない同志でさ。お互い誰かもわからない同志でさ。ずっと会い続けよう。お互い結婚しても、ずっとここで名前も知らないまま、もうひとつの人生を過ごそう。もうひとつの世界って簡単に生まれるものなんだ。知っているか?」私は笑った。思い切り笑った。